
重度心身障害児の娘。染色体の異常が分かるまでは、私の心はずっとモヤモヤ…
娘の場合の染色体異常が分かるまでをお伝えします。
今、モヤモヤされてるママたちの参考のなればと思います。
妊娠中から出産まで
妊娠中はトラブルなし
妊娠中は特に大きなトラブルもなく、出産までおうちでゆっくり過ごしていました。
上の子がいるのですが、その子の時の方が大変で…出血したり、切迫早産で入院したりもあったので、それに比べると安定しているなーなんて思っていました。
出産は計画的に、無痛分娩
上の子がいたので、先生からOKが出た日にちを決めて、促進剤を使って陣痛を起こし無痛分娩で出産しました。
どこが無痛や!!ってくらい無痛ではありませんでした。
無痛を経験したお友達にいろいろ聞いていたのですが、痛かった子、大丈夫だった子、いました。
私は、痛かったです…
誕生

産まれてすぐは、泣きもしませんでした。
この時点で、私はおかしいなと感じておりましたが、出産の疲れで休んでいました。
しばらくして見に行くと、低酸素だからと保育器に入っていました。
救急車で運ばれる
やはり、低酸素が回復しないのと、少し低血糖もあるということで、医大へ行くことになりました。
私はまだ付き添うことはできないので、パパに行ってもらいました。
GCUへ
しばらくGCUに入院していました。血糖値を上げる点滴や黄疸の治療をしていただきましたが、ミルクを飲まないということでなかなか退院できずにいました。
「ミルクだけの原因なら、家でやります」と、先生に話して家に帰ってくることができました。
ミルクを飲まない子
経管栄養は避けたくて…
とにかく哺乳の力が弱くて、ミルクを飲みませんでした。体重も増えません。それでも経管栄養にさせたくない私とパパは、頑張りました。いろんな哺乳瓶を試し、哺乳瓶の乳首に穴を開けたり、切込みを入れたり…
体重に一喜一憂していて、今考えるとよく頑張っていたなと思います。
離乳食を始める
離乳食と言えば首がしっかり座ってる子が始めるというイメージですが、娘の場合は飲まないので、生後4か月後半から始めました。首は座ってないです。
バウンサーに乗せて、おかゆから順番に少しずつ食べていきました。
結果的に、ごはんはよく食べてくれたので、経管栄養にはならずにお口から食べ、体重も増えていきました。小さいですが、この子なりに体重が増えているからOKという見解でした。
おもちゃに興味がない子
手と足で遊ぶ

おもちゃに興味がまったくなく、生後2か月から自分の手や足でよく遊んでいます。
それは5歳になった今でもそうです。
いろんなおもちゃを買って、一緒に遊んでいますが…どれも娘にとっては自分の手足には、かないません。
おもちゃに向かっていくモチベーションがないので、発達もしていきません。
ゴロンとしていれば、自分の手足で遊べて楽しいからです。
好きなこと
自分の手足が一番なのですが、反応がいいのは、風を感じたり動きを感じたりすること。
ベビーカーでお外にお散歩に行き、風を感じたり、パパの高い高いはニコニコでした。
きっと自分に刺激になる事が好きなんだと思います。
てんかん発作

生後8カ月の時に、見たこともないピクピクした動きを繰り返しました。
しゃっくりのようでしゃっくりじゃない。本人も泣いてしまう。
これがてんかんだったのです。定期的に通っている医大へ連れていきすぐ入院しました。
5週間の入院生活です。てんかんは本当に厄介で、5歳になった今も頻繁にあります。
薬の調整が難しく、てんかんが無くなれば、薬の副作用で元気がなくなる。てんかんがあれば元気もある。そのバランスをどう調整していくかです。
染色体の検査
お告げは急に

それと同時に、首が座らないということで先生から「染色体の検査をしましょう」と告げられ血液を採り、検査に出しました。
検査結果に時間がかかると言われていましたが、先生から電話があり「異常が認められるのですぐに専門の病院へ行って下さい」と。
専門の病院は、予約がなかなか取れずに生後10か月になった頃にかかりました。
てんかんで入院があり、行けないかも。と思っていましたが、退院してすぐに専門の先生に見てもらえました。
先生の見解

娘の染色体の番号と位置のずれ方は不均衡転座というものでした。
染色体の数や構造に起こる変化が原因で、遺伝物質の損失や追加が伴う遺伝子異常のことを指します。これは、遺伝情報のバランスが崩れ、個体の発達や健康に影響を及ぼす可能性がある
番号も、入れ替わっている場所も、世界的に前例がなく…これからどう発達していくか見守っていきましょう。と。
すぐに、理学療法と作業療法の予約を取って、この日からリハビリをしていくことに決まりました。
今でもリハビリは続けていて、苦手なことが多いですが、好きなこともあり、長所を伸ばしていってます。
不安だった私

子供が発達していかず、市の検診なども嫌で嫌で…
我慢して行きたくなかったので、市の保健師さんに相談して別枠で検診していただいたり、病院に通っているからということで免除してもらったりしていました。
あの時は、周りの人の目が嫌で閉じこもっていました。
しかし、染色体異常が分かり、だんだん障害児のたどっていく道が見えていくと心も晴れてきたのです。
発達がゆっくりな子の教室へ行ったり、そこで先生や他のママたちとお話をしたり。
児童発達支援センターへ2歳から通うことになって、先生方の意見を聞いたりで、自分ひとりで育ててないみたいな感じです。
私も娘を通してたくさんお友達ができました。
まとめ
今、子供さんの発達にモヤモヤしているママさんがもしいらっしゃるなら、
障害を受け入れるのは辛いので、そこはゆっくりで。
ただ、原因が分かると、その先へ進めます。進めばどんどん世界が広くなって、いろんなことが知れます。
検査や通院を迷っている方の背中を押せたらいいなと思います。
- 記事タイトル 希少染色体異常の娘
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